教皇レオ14世による2026年6月14日のお告げの祈り バチカン・聖ペトロ広場 教皇レオ14世による2026年6月14日のお告げの祈り バチカン・聖ペトロ広場  (@Vatican Media)

教皇:現実を変容させ、教会にいのちを与えるイエスのまなざしとわざ

教皇レオ14世は、6月14日、バチカンで日曜正午の祈りの集いを行われた。

 教皇レオ14世は、6月14日(日)正午、バチカンの広場の巡礼者らとお告げの祈りを唱えられた。

 典礼暦・年間第11主日、教皇はこの祈りの集いで、同日の福音朗読箇所、マタイ福音書9章36節-10章8節を取り上げ、説教を行われた。

 そして、教皇は、「群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた」(同上9・36)イエスのまなざしと、「収穫は多いが、働き手が少ない」(同上9・37)と言われ、「収穫の主」(同上9・38)として、「働き手」を世の畑に遣わしたイエスの「十二人の派遣」を観想された。

 教皇の説教は以下の通り。

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 親愛なる兄弟姉妹の皆様。こんにちは。

 今日の福音(マタ9・36-10・8)は、わたしたちに大きなたまものを与えます。なぜならこの福音は、それを聞くすべての人をイエスのまなざしへと引き寄せるからです。この記事はイエスのまなざしの注意深さをあかしするとともに、主が何を見ておられるかをわたしたちに語ります。実際、そこではこう書かれています。キリストは「群衆が〔……〕弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深くあわれまれた」(36節)。わたしたちの兄弟となられた神の子は、人々と人類を見つめます。人々にのしかかる抑圧と、力を奪う暴力をご覧になります。戦争の傷跡と、消費主義のむなしさをご覧になります。仮面をかぶらされた顔と、悪によって引き裂かれた家族と、偽りの理想に惑わされた若者をご覧になります。イエスは、見て、愛します。愛して、わたしたちのために、わたしたちとともに苦しみます。イエスのあわれみは、兄弟としての親しさだけでなく、あがないのみ心をも表します。

 まことに、イエスはわたしたちの心を知り、わたしたちを心にかけられます。「飼い主のいない羊」(36節)のような多くの人々を前にして、キリストはよい羊飼いとしてご自分をすべての人のためにささげ、収穫の主として世の畑に働き人を遣わします(38節参照)。働き人がすべき労働とは何でしょうか。それは、苦しむ人に神の慰めを与え、悲惨のあるところに愛を、苦しみのあるところに希望を、不信のあるところに信仰をもたらすことです。

 福音には最初の十二人の「働き手」の名前が記されています。彼らは、使徒、すなわち宣教者、説教者となった弟子たちです。その中には、まずぺトロと呼ばれるシモンがおり、最後にイスカリオテのユダもいます。それは、イエスに従うことも、イエスを裏切ることも可能であることをわたしたちに思い起こさせるためです。しかし、福音はすべての人にとって生きた真実のことばであり続けます。幾世紀にわたって伝えられてきた福音は、同一であり、つねに若々しく、新鮮で、解放をもたらします。「天の国は近づいた」(マタ10・7)のです。たしかに天の国は近づいています。なぜなら、イエス・キリストにおいて神はすべての人と民と国に近づいてくださるからです。この福音がのべ伝えられ、実践されるとき、悪は、病がいやされ(8節参照)、夜が明け、死が復活したかたによって打ち負かされるように、崩れ落ちます。

 このようにイエスのまなざしは現実を変容させます。愛に満ちたイエスのわざは、使徒たちの宣教を継続するように招かれた新しい民である教会にいのちを与えます。「ただで受けたのだから、ただで与えなさい」(8節)。確かにイエスの与えるたまものは完全に「無償」です。なぜなら、その価値は計りがたいものだからです。それに値することも、それを「買う」ことも不可能だからです。この恵みが、神のあわれみを表すすばらしい名です。それはあらゆるところに達し、またわたしたちを神ご自身へと引き寄せます。「だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい」(マタ9・38)。

 愛する友人の皆様。福音宣教を行う務めは神のたまものから生まれます。このたまものは、キリストにおいて世のためのゆるしとなり、小さく貧しい人への奉仕となり、正義への献身となります。わたしたちが喜びと勇気をもってイエスがわたしたちを招かれる使命にこたえられるように、恵みに満ちたおとめマリアの助けを祈り求めます。

(カトリック中央協議会訳)

16 6月 2026, 15:21

お告げの祈り(アンジェルスの祈り)は、神の御子の受肉の永遠の神秘を思い起こす祈りです。この祈りは、朝の6時、正午、夕方18時頃の3回唱えられ、その時には、お告げの鐘が鳴らされます。アンジェルスの祈りと呼ばれるのは、ラテン語におけるこの祈りの冒頭の部分、– Angelus Domini nuntiavit Mariae – から採られています。この祈りは、イエス・キリストの受肉について語る3つの簡潔な本文と、3回のアヴェ・マリアの祈りからなります。お告げの祈りは、教皇によって、バチカンの聖ペトロ広場で、日曜日とカトリック典礼暦の祭日の正午に唱えられます。祈りの前に、教皇はその日の聖書朗読箇所などを観想する短い説教を行います、祈りの後には、巡礼者たちへの挨拶が続きます。
復活祭から聖霊降臨までは、お告げの祈りの代わりにアレルヤの祈りが唱えられます。これはイエス・キリストの復活を思い起こす祈りで、祈りの終わりには栄唱(グロリア)を3回唱えます。

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