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教皇レオ14世による、お告げの祈りに集った巡礼者たち 2026年1月11日 バチカン・聖ペトロ広場 教皇レオ14世による、お告げの祈りに集った巡礼者たち 2026年1月11日 バチカン・聖ペトロ広場  (@Vatican Media)

教皇:洗礼の偉大な恵みを思い出そう

教皇レオ14世は、「主の洗礼」の祝日、バチカンでお告げの祈りを巡礼者と共に唱えられた。

 教皇レオ14世は、1月11日(日)、バチカンで正午の祈りの集いを持たれた。

 「主の洗礼」の祝日、教皇はこの日の福音朗読箇所(マタイ3,13-17)、イエスがヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた時の場面を観想しながら、説教を行われた。

 教皇の説教は次のとおり。

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 今日、わたしたちが祝う「主の洗礼」の祝日は、典礼暦の「年間」の始まりを告げるものです。この期間は、わたしたちが主に共に従い、主の言葉に耳を傾け、主の隣人に対する愛の行為に倣うようにと招きます。こうして、わたしたちは自らの洗礼を強め、新たにするのです。洗礼は、神のいのちの霊の力によって、わたしたちを罪から解放し、神の子として変えることで、わたしたちをキリスト者とする秘跡です。

 今日の福音は、この成聖の恩恵がどのように生まれるかを語っています。イエスがヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた時、「神の霊が鳩のように御自分の上に降って来るのを御覧に」なりました(マタイ3,16)。同時に、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」と言われる御父の声が、天から聞こえました(同3,17)。このように、三位一体そのものが歴史の中に現れています。御子がヨルダン川に降りられると、聖霊も御子の上に降られたように、御子を通して、わたしたちに救いの力が与えられるのです。

 親愛なる皆さん、神はわたしたちの人生や、苦しみ、希望に触れることなく、世界を遠くから眺めておられる方ではありません。神は、肉となられた御言葉の叡智をもってわたしたちの間に来られ、全人類のための驚くべき愛の計画にわたしたちを参与させてくださいます。

 「あなたが、わたしのところへ来られたのですか」(同3,14)と、洗礼者ヨハネが驚きに満ちてイエスに尋ねられたのはそのためでした。そうです、主はご自身の聖性のもとに、すべての罪人と同様に洗礼を受けられ、神の限りないいつくしみを明らかにされたのです。神の御独り子においてわたしたちは兄弟姉妹です。御子は支配するためではなく仕えるために、裁くためではなく救うために来られました。イエスは贖い主キリストです。わたしたちのすべてのもの、罪をも、自らに引き受けられ、ご自身のもの、すなわち新しい永遠のいのちの恵みを与えてくださいます。

 洗礼の秘跡は、この出来事をあらゆる時代と場所に実現し、わたしたち一人ひとりを教会へ導きます。教会とは、神の霊によって再生された、あらゆる国と文化の人々からなる、神の民のことです。この日を、わたしたちが受けたこの偉大な恵みを思い出す日として捧げましょう。そして、喜びと言動一致をもって、それを証しするよう努めましょう。

 まさに今日、わたしは何人かの新生児に洗礼を授けました。この子どもたちはわたしたちの信仰における新しい兄弟姉妹となりました。わたしたちを名前で呼ばれ、悪から解放してくださる神の愛を、一つの家族として祝えることは、なんと素晴らしいことでしょうか。この最初の秘跡は、永遠にわたしたちと共にある神聖なしるしです。闇の時、洗礼は光となります。人生の葛藤の中、洗礼は和解となります。死の時、洗礼は天国への扉となります。

 わたしたちの信仰と教会の宣教を毎日支えてくださるよう、聖母マリアに共に祈りましょう。

11 1月 2026, 22:52

お告げの祈り(アンジェルスの祈り)は、神の御子の受肉の永遠の神秘を思い起こす祈りです。この祈りは、朝の6時、正午、夕方18時頃の3回唱えられ、その時には、お告げの鐘が鳴らされます。アンジェルスの祈りと呼ばれるのは、ラテン語におけるこの祈りの冒頭の部分、– Angelus Domini nuntiavit Mariae – から採られています。この祈りは、イエス・キリストの受肉について語る3つの簡潔な本文と、3回のアヴェ・マリアの祈りからなります。お告げの祈りは、教皇によって、バチカンの聖ペトロ広場で、日曜日とカトリック典礼暦の祭日の正午に唱えられます。祈りの前に、教皇はその日の聖書朗読箇所などを観想する短い説教を行います、祈りの後には、巡礼者たちへの挨拶が続きます。
復活祭から聖霊降臨までは、お告げの祈りの代わりにアレルヤの祈りが唱えられます。これはイエス・キリストの復活を思い起こす祈りで、祈りの終わりには栄唱(グロリア)を3回唱えます。

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