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教皇レオ14世、アッシジで若者たちと対話

教皇レオ14は、イタリア中部アッシジを司牧訪問、若者たちと対話を行われた。

 教皇レオ14は、8月6日、イタリア中部ウンブリア州のアッシジを司牧訪問された。

 教皇の訪問は、アッシジで開催された若者たちの集い、「Go! Franciscan Youth Meeting」への参加を目的としたもの。

 8月3日から6日まで4日間にわたり開かれたこのミーティングには、イタリアとヨーロッパ諸国からおよそ2500人以上の若者が参加。アッシジの聖フランシスコの帰天から800年を記念するこの年、聖フランシスコが祈りと活動の拠点とし、息を引き取った場所である「ポルツィゥンコラ小聖堂」を内部に包容するサンタ・マリア・デリ・アンジェリ聖堂をメイン会場とし、祈りやワークショップなどが行われた。

 一連のプログラムの頂点として、ミーティングの最終日、教皇レオ14世を迎え、対話とミサが行われた。

 同日早朝、教皇はバチカンからヘリコプターでアッシジに到着、地元の行政代表と教会関係者に迎えられた。

 さっそく、サンタ・マリア・デリ・アンジェリ聖堂に向かわれた教皇は、聖堂前に集った若者たちから盛大な歓迎を受けられた。

 聖堂前の広場で行われた質疑応答形式の対話では、参加者を代表して、3人の若者が教皇に問いを投げかけ、助言を求めた。

 たとえば、クロアチア・ザグレブのフランシスコ会が司牧する小教区で成長したという女性は、今日の世界でアッシジの聖フランシスコの霊性をいかに受け継ぎ、どのように福音の信頼しうる証し人となっていくことができるか、と質問した。

 教皇はこれに対し、アイデンティティの対立の中で、宗教をその道具として利用しかねない社会において、キリスト者は平和の担い手としての役割をますます求められるようになるだろう、と話された。

 キリストの証人となることは、誤った情報が引き起こす恐れや偏見の壁を超えて、心を広げることであり、それは魅力的であると同時に困難なことでもある。また、権力の文化から脱け出し、愛の文明を築くことは、すぐには理解されず、受け入れらない、と教皇は指摘。

 こうした中、教皇は聖フランシスコから福音に徹した生き方を学ぶよう招かれた。聖フランシスコの福音的なラディカルさ、それは原理主義とは正反対のものであり、わたしたちを 盲目的・暴力的にすることなく、感受性や注意を深めさせ、イエスに従う者として常に謙遜で、すべての人を受け入れるように導いてくれる。それは、決して容易なことではないが、大きな喜びをもたらすだろう、と述べられた。

 教皇は、若者たちが今まさにいる場所が8世紀前には田園地帯であったこと、そこにヨーロッパ各地からやって来た数千人の若い修道者たちがフランシスコと共に集っていたことを想像してみて欲しい、と招かれた。

 このように教皇は、「むしろの総会」と呼ばれている、1221年にポルツィゥンコラで開かれた小さき兄弟会の総会に言及された。

 「ここに40人、そこに100人、ある場所には80人がそろって、という具合に人々が次々に集まり、皆が神について語り合い、祈ったり、涙を流したり、愛徳の業を行ったりしていた。彼らはかくも静かに、謙遜のうちに留まっていたので、音一つ聞こえなかった」(参照Fonti Francescane, 1848年)という描写を教皇は引用。

 そこにあった静けさは、戦争や、その暴力、叫び、残忍さとは正反対であり、修道士たちが敷いていた「むしろ」は、今日の若者たちの寝袋と同様に、平和を物語るものであった、と話された。

 誰もが招かれる、兄弟姉妹たちの集まり、それが教会である、とレオ14世は強調。

 共にいて、「神について語り合い」、そして神の光のもとに、人生そのもの、その美しさ、神秘、大切さについて互いに話すことは、なんと素晴らしいことか、と述べられた。

 教皇は、特にテクノロジーのために、生身の人間同士の出会いが妨げられがちな現代において、こうした生き方をいたるところで証しして欲しい、と励まされた。

 若者たちとの対話に続いて、教皇は、サンタ・マリア・デリ・アンジェリ聖堂に隣接した修道院やその中庭で、「アッシジの聖フランシスコ帰天800年委員会」の関係者や、司教たち、フランシスコ会系の諸修道会の会員らとお会いになった。

 そして、教皇は、同聖堂内で若者たちのためにミサを捧げられ、アッシジで開催された青年たちのミーティングを閉じられた。

06 8月 2026, 17:10