教皇レオ14世、イタリア南部ランペドゥーサ島を訪問
教皇レオ14世は、7月4日、イタリア南部シチリア州アグリジェント県のランペドゥーサ島を司牧訪問された。
ローマ教皇がランペドゥーサ島に赴くのは、教皇フランシスコの最初のイタリア訪問となった2013年7月8日以来となった。
シチリア島とチュニジアの間に位置するペラージェ諸島の最大の島、ランペドゥーサ島は、ここ数十年、アフリカから地中海経由でヨーロッパを目指す移民たちの上陸地点の一つとなっている。
レオ14世は、前任教皇フランシスコに続く同島への訪問で、カトリック教会の移民問題に関する変わらぬ関心と、人権への配慮、移民の救助・受け入れにあたる人々への励ましを示された。
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7月4日朝、ランペドゥーサ島に到着した教皇は、アグリジェント大司教はじめとする教会関係者、シチリア州知事、アグリジェント県知事ら地元行政代表に迎えられた。
ランペドゥーサ島で、教皇は最初にカラ・ピサーナ墓地に向かわれ、海で命を落とした移民たちの墓がある、霊園内の一角を訪れた。教皇は、遭難船の木片などで作られた、多くは無名の簡素な墓標が並ぶ場所で、花かごを手向け、静かに祈りを捧げられた。
次に教皇は、カヴァッロ・ビアンコ岬にある「ヨーロッパの門」と題されたモニュメントを訪問された。
「ヨーロッパの門」はイタリアの彫刻家・画家のドメニコ(ミンモ)・パラディーノ氏の作品(2008年)で、遭難した移民たちの生と死、苦しみや希望などが表現されている。
モニュメントの前で、移民たちの家族とお会いになった教皇は、1歳の時にランペドゥーサに漂着した、現在11歳のガーナ生まれの少年から手紙とボールを受け取られた。
この手紙には、「愛する教皇様、お会いできることにすごく緊張しています。10年前、ぼくのストーリーはここランペドゥーサで始まりました。ぼくは一人ぼっちで、すべてを、何よりもお母さんを失ってしまいました。ぼくは紙のボールをもらった時にやっと泣き止んだそうです。その時からボールはぼくの心に入り、遊ぶことを決してやめませんでした」と書かれていた。そして、少年は自分のような子どもに渡して欲しいとボールを教皇に贈った。少年は現在、イタリア人夫妻の養子となって暮らしている。
教皇は手紙を読み上げた少年を抱擁され、少年ともう一人の少女の手を取って、「ヨーロッパの門」へと歩まれた。教皇はモニュメントをくぐられた後、移民の悲劇の舞台となっている海岸線をしばし見つめられた。
続いて、レオ14世はファヴァローロ埠頭に建てられた前教皇フランシスコに捧げる記念碑を祝別された。同埠頭は、前教皇フランシスコを記念し、その名を冠して呼ばれることになった。
この後、教皇はランペドゥーサ島の海岸沿いの運動場に集った島民らに挨拶をおくられた。
レオ14世はこの中で、「ファヴァローロ埠頭が、教皇フランシスコに捧げて命名されたことは、前教皇が島民の共同体と、また移民の兄弟姉妹たちと築いた絆の証である」と述べ、「前教皇がこの非常に困難な時に、島の人々にずっと寄り添って来たように、今、自分も皆さんと共にあり、皆さんを支え、皆さんを励まし続けたいと伝えるためにここに来た」と話された。
教皇は「演説のためにではなく、キリストがわたしたちの間におられることを示す最高のしるしであるミサを祝うためにやって来た」と語り、「イエスがパンを裂いて自らを捧げられた行為は、わたしたちの日々の助け合いや分かち合いに意味と力を与えてくれるもの」、「ここは、まさに、言葉よりも行いが雄弁に語る場所」と強調された。
「人間らしい行為には、心が必要」と述べた教皇は、「わたしたちがここに集まったのは、キリストだけが与えることのできる愛を汲み取り、今日そして明日の世界がより人間らしいものになるようにするため」と話し、この挨拶の後、同じ会場でミサをとり行われた。
