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写真:バチカンで行われた貧しい人々との昼食会 2025年11月16日 バチカン・パウロ6世ホール 写真:バチカンで行われた貧しい人々との昼食会 2025年11月16日 バチカン・パウロ6世ホール  (ANSA)

「第10回貧しい人々のための世界祈願日」に向け教皇のメッセージ

2026年度「貧しい人々のための世界祈願日」に向け、教皇レオ14世のメッセージが発表された。

 カトリック教会の「第10回貧しい人々のための世界祈願日」が、今年11月15日に記念される。

 これに先立ち、教皇レオ14世のメッセージが、貧しい人々の保護者であるパドヴァの聖アントニオの日、6月13日付の署名をもって発表された。

 今年の「貧しい人々のための世界祈願日」のテーマは、「主は貧しい人の避けどころ」(参照:詩編14,6)。

 教皇はこのメッセージで、貧しい人の逃げ場、よりどころとなってくださる主を歌う詩編の言葉を示しながら、教会生活における貧しい人々の大切さを改めて思い起こすために、再び神の言葉に立ち返るよう招いている。

 「神を知らぬ者は心に言う、『神などない』と。人々は腐敗している。忌むべき行いをする。善を行う者はいない」(詩編14,1)。

 教皇は詩編の言葉を引用しつつ、残念ながら、今日でも、差別的で嘆かわしい、傲慢に満ちた腐敗がもたらす社会の不正義を認めざるを得ない、と述べている。

 日常において超越したものを感じ取る感覚の喪失は、神の存在の理論的な否定というよりは、むしろ、個人的・社会的正義を築く上での神の愛といつくしみを考慮しない姿勢に表れていると指摘。

 こうした影響を最初に被るのは貧しい人々であり、多くの社会でこうした貧しい人々の数が増えているのは決して偶然ではない、と述べている。

 神の不在は人々を、互いに尊重し合い並んで生きる関係から、支配と抑圧による上下関係へと変えてしまう。このようにして、人を疎外し屈辱を与える、尊厳を無視した横暴と排除の論理が浮かび上がってくる、と教皇は記している。

 今日、正義を求める貧しい人々の叫びは、いっそう欺瞞的な手段によってかき消され、自分たちの訴えを聞いてもらうためのあらゆる努力にも関わらず、彼らの声はもはや聞こえない。そして、デジタル環境は、貧しい人々への偏見を助長し、彼らの主張を遠ざける無関心の壁をさらに厚いものにしている、と述べている。

 教皇は、このようにパンだけでなく、発言権や尊厳までも奪われ、忘れ去られ、疎外された今日の貧しい人々を見つめている。

 キリストの愛は、わたしたちを神の愛のいのちに参与させてくださる。その意味で、キリスト者は、神に「避けどころ」を求めるだけでなく、神において他者にとっての「避けどころ」となるよう招かれている、と教皇は言われる。

 アッシジの聖フランシスコ帰天800周年を迎えるにあたり、教皇は、ローマ巡礼に出た聖フランシスコが、物乞いたちを見て深い憐れみを覚えたことを思い起こしている。

 聖フランシスコは、貧しい人々の苦しみを理解し、自らそれを体験するために、自分の服を脱ぎ、一人の貧者の破れた服と交換し、座って施しを乞い、霊的な喜びのうちに一日中貧しい人々の間に身を置いた。

 教皇は、今日においても、貧しい人々についてただ語るだけでなく、貧しい人々の立場に身を置き、その声に耳を傾けることの重要さを強調。

 神を「避けどころ」とする者は、すべてが下から捉え直されることを証しする、預言的な選択のための自由さを持ち、その謙虚さと兄弟愛こそが、横暴に傷つけられた世界をいやす唯一の力となる、と述べている。

 

15 6月 2026, 16:53