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「一致を築き、愛のうちに真理に仕える者に」教皇、首都大司教にパリウム授与

ローマの保護者、聖ペトロ・聖パウロ使徒の祭日、教皇レオ14世は、バチカンでミサを捧げられた。その中で、教皇はこの1年間に任命された首都大司教らに、祝別したパリウムを授けられた。

 6月29日、典礼暦は、ローマ教区とローマ市の保護者、聖ペトロ・聖パウロ使徒の祭日を祝った。

 教皇レオ14世は、同日午前、バチカンの聖ペトロ大聖堂でミサをとり行われ、その中で、この1年間に任命された35人の首都大司教らに、祝別したパリウムを授けられた。

 このミサには、先日の臨時枢機卿会議に参加した枢機卿たちはもとより、正教会のエキュメニカル総主教バルソロメオス1世から派遣された使節としてカルケドン府主教エマニュエルが参列した。エキュメニカル総主教庁が、聖ペトロ・聖パウロの祝日にバチカンに、またバチカンが聖アンドレアの祝日に先方に使節を派遣するのは、毎年の恒例となっている。

 教皇はミサの説教で、「イエスによってその群れの牧者として選ばれた」ペトロ、「異邦人の使徒として選ばれた」パウロを、「教会の二本の柱」として示し、この二人の使徒それぞれの使命と霊性を見つめられた。また、教皇はこのミサで首都大司教たちに授与されるパリウムの意味にも言及された。

 教皇はまず、ペトロが神の民の保護者として、兄弟間の交わりの維持に尽力する姿を新約聖書の各所に見出された。

 そして、その例として、ガリラヤ湖で夜を徹して漁をしたにも関わらず何の成果もなかった時、「先生、わたしたちは夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」(ルカ5,5)と主の言葉に応え、他の者たちを伴って沖へ漕ぎ出していくペトロの姿、また「命のパン」についての困難な言葉を聞いて、弟子たちの多くがイエスから離れ去る中、メシアに向かって「主よ、わたしたちはだれのところへ行きましょうか。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます」(ヨハネ6,68)と言い、他の11人の弟子たちと共に主のもとに留まったその姿を思い起こされた。

 さらに、エルサレムで、割礼を受けていない異邦人に洗礼を授けるか否かという議論が起き、共同体を分裂させる恐れが生じた時も、兄弟たちを集め、その声に耳を傾け、聖霊の導きに従って決断を下し、「わたしたちは、主イエスの恵みによって救われると信じているのですが、これは、彼ら異邦人も同じことです」(使徒言行録15,11)と、交わりを保ちつつ、神の民全体のために新たな時代を切り開いたペトロの態度に教皇は注目された。

 こうした精神の偉大さは、必ずしもペトロの完全さを意味するものではない、と教皇は述べつつ、主の受難の際、イエスを知らないと言ったペトロが、後に真摯な悔い改めの涙を流したこと(ルカ22,54-62)をも指摘された。

 一致を守るための、ペトロの誠実で忍耐強い配慮は、ペトロの象徴である「鍵」というものによく表れている、と教皇は話し、実際、鍵は扉を打ち破るものではなく、むしろ扉を開け閉めするもの(参照 マタイ16,19)であり、鍵は空間を結び、孤立した多くの部屋を人々を迎え入れる一つの「家」へと変えていく、と語られた。

 教会における交わりもまた、自らの立場への固執によっではなく、すべての人の心に真理における一致点を見出そうとすることによって築かれ、その真理の光のもとでこそ、それぞれが互いにとっての成長の道具となることができる、と説く教皇は、ペトロの模範をすべてのキリスト者への招きとして示された。

 次に教皇は、この日記念されたもう一人の偉大な使徒、疲れを知ることなく「良き知らせ」を宣べ伝え続けた聖パウロに目を向けられた。

 パウロはシンボルとして「書物」と「剣」を持っている。書物と剣の強い結びつきをめぐって、教皇は、「神の言葉は生きており、力を発揮し、どんな両刃の剣よりも鋭く、精神と霊を、切り離すほどに刺し通して、心の思いや考えを見分けることができる」という『ヘブライ人への手紙』の一節(参照 4,12)を引用。

 パウロの生涯を振り返った教皇は、神が若きサウルの心になさったこと、それは彼を捕らえ(参照 フィリピ3,12)、福音へと回心させ、―そこで彼は新しい名を受け、― 全世界に福音を宣べ伝えさせ、ついにはペトロと同じく、この都ローマで、自らの命を捧げるに至るまでの証しを立てさせたことであった、と述べられた。

 異邦人の使徒パウロは、神の言葉の力によって自らを変容させられるに任せ、その力は、パウロを暴力から引き離し、愛の道へと導いた、と教皇は話された。

 教皇は、今日、ペトロとパウロという二人の聖人に目を向けることの重要さを強調。それは、わたしたちがどのようにして使徒となり、一致を築く者になり、また愛のうちに真理に仕える寛大な奉仕者になれるかを理解するためである、と語られた。

 レオ14世は、首都大司教たちへのパリウム授与という伝統ある儀式を前に、パリウムを受けることの意味について説明。

 十字の刺繍をほどこしたこの白い羊毛の細長い帯は、すべての司牧者が、― またすべてのキリスト者たちが ― 兄弟姉妹たちを主の群れの小羊のように自らの肩に担ぎ、すべての人に福音を届け、全世界がその中に調和と一致を見い出せるよう、自らのエネルギー、時間、労苦、さらには命さえも捧げるという決意を表すもの、と話された。

  こうして教皇は、儀式の中で主都大司教ら一人ひとりの肩に祝別されたパリウムを掛け、平和の挨拶を交換された。

  ミサの終わりに、教皇はカルケドン府主教エマニュエルと共に、大聖堂の中央祭壇地下にある聖ペトロの墓に降り、墓前で祈りを捧げられた。

30 6月 2026, 14:06