教皇レオ14世、臨時枢機卿会議・最終セッションで 2026年6月27日 バチカン・シノドスホール 教皇レオ14世、臨時枢機卿会議・最終セッションで 2026年6月27日 バチカン・シノドスホール  (@Vatican Media)

枢機卿会議を終えて、教皇による閉会の挨拶

バチカンで2日間にわたり開かれた臨時枢機卿会議は6月27日に終了、教皇レオ14世は閉会の言葉を述べられた。

 6月26日、27日の両日、バチカンで開かれた臨時枢機卿会議は4つのセッションを経て終了した。

 27日午後、教皇レオ14世は、バチカンのシノドスホールで行われた第4セッションの討議終了後、枢機卿団を前に閉会の挨拶をおくられた。

 その冒頭で教皇は、ベネズエラで今月24日発生した地震に言及。激しい地震により甚大な被害を受けたベネズエラ国民に、ご自身の、そして全枢機卿団の連帯の意を表され、犠牲者とその家族、この悲劇のために試練に直面したすべての人々のために、一同の祈りを伝えられた。また、救援活動に携わるすべての人々を主に委ね、この愛する国に対する国際社会の連帯が揺るぎないものであるように願われた。

 教皇は枢機卿会議の閉会を迎え、討議において枢機卿たちによって示された自由、兄弟愛、そして教会的な精神に感謝を表明。

 文化や状況も異なるこれほどにも多様な教会からやって来た枢機卿たちが、互いに傾聴し合い、福音に最も資するものを共に模索する姿を目の当たりにしたことは、自分にとってなぐさめと希望の源となった、と話された。

 「シノダリティ(シノドス性)」について問う時、その問いは「誰に決定権があるのか​​」ということよりも、「主がご自身の教会に委ねられた賜物を、わたしたちはどのようにして共に守り抜くべきか」という、より深いところにあるように思われる、と教皇は述べ、この問いが識別の中心となる時、権威、共同責任、意思決定といった問題もまた、宣教と福音に対する共通の忠実さという光の下に、それぞれあるべき回答を見出すことになるだろう、と語られた。

 シノドス実践の歩みを改めて枢機卿らに委ねた教皇は、教会がいっそう福音に根差したものへと成長するために、それぞれが奉仕する教会において、確信を持ってこれを推進し、真の理解を育み、すべての人の参加を促すようにと願われた。

 教皇はこの2日間の枢機卿会議を振り返りながら、特に第1セッションでの、参加者らの「世界を見つめる眼差し」が心に残ったと述べた。そこでは、戦争、暴力、貧困、人々の生活に影響を与える数多くの不正義などが引き起こす苦しみにとどまらず、こうした悲劇の背後にある、孤独、人間関係の危機、希望の喪失、互いを兄弟姉妹として認め合うことの困難等の、さらなる深い苦しみが語られていた、と振り返った。教皇は、それは、世の傷から目を背けることなしに、その根源を探り、その傷の奥に隠された、意味や、真なるもの、精神性、共同体などに対する新たな問いを認める眼差しであった、と話された。

 また、教皇は、枢機卿らが、今日の「若者」が抱える問いや、時には絶望に至るまでのその苦しみに、現代の最も深い傷を見出す一方で、正真のものや、本当の関係、意味を追求する若者たちの姿勢をも語っていたことに注目。若者たちとその家族に謙遜に耳を傾けることは、主が教会に求める回心への道の一つと述べられた。

 同様に、参加枢機卿らの多くが「家庭」についても言及していた、と教皇は話し、家庭が支えられ、寄り添いを得られる場所では、人間関係、連帯、希望の学び舎が成長し、それに対し、家庭が傷つけられ、孤立している場所では、社会全体がその影響を被ることになる、と語られた。

 第2セッションにおいては、回勅『マニフィカ・フマニタス』中の洞察の一つ、すなわち、戦争とは単なる国家間の紛争ではなく、それよりはるか以前にある、わたしたちの考え方や、人間関係のあり方、権力の行使の仕方、経済やテクノロジーさらには宗教の利用の仕方にまでに広がる「権力の文化」に端を発していることが、明確に理解されていたように思う、と教皇は述べた。

 もしこれが危機の根源にあるならば、人々が人類家族全体の共通善の追求を再び学べるような、多国間主義に新たな力を与え得る、協力と対話の文化の再構築が求められるが、そのためには、公の場で働く信徒たちを支えると共に、エキュメニカル対話や諸宗教間対話を通した協力を育てることが必要と話された。

 教皇はまた、「様々な形の暴力に対する非暴力の対応」というテーマをめぐる一部の参加者たちの取り組みは、大変貴重なものと感じた、と述べ、それはイエスの行いを深く黙想することから生まれた、歴史を生きる上での極めて福音的なあり方である、と語られた。

 同時に教皇は、今日の紛争の性質の深い変容に照らし、「正当防衛」というテーマの考察を継続する必要性を、いくつかのグループが指摘したことについて、この考察は、神学的および司牧的に必要な厳密さをもって、さらに深められる価値がある、と述べられた。

 さらに、教皇は、多くの参加者が指摘したように、今日、「共通善」とは、単に追求すべき目標ではなく、共に再発見すべき現実であるということに強い印象を受けた、と語った。わたしたちは、皆にとって何が真に良いことなのかを見極めることさえ困難な時代に生きており、その意味で、キリストに根差す教会は、共通善の新たな文化が成熟し得るような、出会いと、傾聴、対話の場を守り育てるよう招かれている、と話した。

 このように会議の中で印象に残ったいくつかの点に触れた教皇は、「この2日間はわたしの希望を強めてくれた。それは単にわたしたちが分かち合ったことのためではなく、その分かち合いのあり方のためでもある」と述べ、「分断が際立つこの時代、教会が互いに耳を傾け、対話を行うそのあり方自体が、宣教の一部となる」、「わたしたちの交わりは、教会の宣教と全人類家族への奉仕のために、ますます豊かな実を結ぶだろう」と強調された。

 「こうしたことからも、すでに予告したように、来年以降もこの恒例行事を続けていく意向である」と教皇は話し、「日程はまだ未定であるが、今年末には通達したい」と述べられた。

 「閉会前に、この枢機卿会議から上がった満場一致の訴えに耳を傾け、それを自らのものとしたい」と述べた教皇は、すべての枢機卿の声として、「兄弟なる司教たちに、わたしたちの務めに委ねられた教会に、そして地上のすべての民に向けて宣言しよう。神は、あらゆる国、あらゆる民に平和を望んでおられる。それゆえ、わたしたちは暴力に屈してはならない。暴力が最後に勝利することはない。神は歴史の中で、和解と平和への道を切り開き続けておられる」と呼びかけられた。

28 6月 2026, 11:58