レオ14世、ポンペイの巡礼聖堂でミサ、聖母を通し世界の平和を嘆願

教皇レオ14世は、自身の教皇選出から1周年の日、イタリア南部ポンペイの聖母巡礼聖堂でミサを捧げ、聖母の取り次ぎをもって世界の平和を嘆願された。

 教皇レオ14世は、5月8日、第267代ローマ教皇に選出されてから1周年を迎えた。

 同日午前、教皇はイタリア南部ポンペイの聖母巡礼聖堂でミサを捧げられた。

 この日は、ポンペイの聖母への特別な嘆願の日にあたる。教皇はミサの中で世界の平和を聖母の取り次ぎのもとに祈り求められた。

 巡礼聖堂前の広場で司式されたこのミサの説教で、教皇は1年前の日を思い起こしながら次のように話された。

 「ちょうど1年前、わたしがペトロの後継者としての務めを託されたのは、まさに聖母への嘆願の日、ポンペイのロザリオの聖母への嘆願という美しい日でした。それゆえ、わたしは聖母マリアの保護のもとに奉仕するため、ここに来る必要があったのです」

 教皇はまた、レオという教皇名はレオ13世に続くものであるが、レオ13世は、数々の功績の中でも、ロザリオの祈りに関する広範な教えを発展させたことでも知られている、と紹介。

 さらに、教皇は2025年の聖年中にご自身がとり行った、ポンペイの聖母巡礼聖堂の創立者、ロザリオの使徒、聖バルトロ・ロンゴの列聖式にも触れられた。

 マリアが神の子を身ごもったことを告知された時の、大天使ガブリエルの「おめでとう、恵まれた方」という挨拶を教皇は観想。

 「そうです、アヴェ・マリアの祈りは喜びへの招きです」と教皇は述べながら、この挨拶は、マリアに、またマリアを通してわたしたち皆に、罪によって苦しみ、それゆえに不正や、横暴、戦争に陥りがちなわたしたちの人間性の廃墟の上に、神のなぐさめ、すなわち神のいつくしみというなぐさめが訪れたこと、そのいつくしみはイエスにおいて人間の姿をとったことを告げている、と語られた。

 マリアはこうして「いつくしみの母」「みことばの弟子」「キリストが受肉なさるための道具」となり、それゆえに「恵まれた方」となったと教皇は述べ、「マリアにおいてすべてが恵みです」と強調。

 マリアの「はい」という言葉において、イエスだけでなく、また教会が誕生し、マリアは「神の母(テオトコス)」となると同時に「教会の母」となった、と話された。

 ロザリオの祈りで繰り返される「アヴェ・マリア」は、ガブリエルの挨拶のこだまのように、何世紀にもわたって響き渡り、聖母の目と心を通して、信者の眼差しをイエスへと導く、と述べた教皇は、聖なるロザリオの祈りで復唱されるアヴェ・マリアの祈りを、神への愛を表す行為として示された。

 何世代にもわたり信者たちを形作り守ってきた、シンプルで親しみやすいロザリオの祈りの、神秘的な高みへと導く力、キリスト教神学の最も重要な要素を凝縮した宝庫としての役割を教皇は指摘。

 「おとめマリアの優しさを通して唱えられるキリストの神秘、キリストの聖なる御名以上に大切なものがあるでしょうか。わたしたちはこの御名によってのみ救われるのであり、ほかの誰によっても、救いは得られません(参照 使徒言行録4,12)」と説かれた。

 ロザリオの祈りは福音書の要約として正しく認識されており、それゆえ、聖ヨハネ・パウロ2世はこれまで黙想されてきた伝統的な神秘(玄義)に「光の神秘」を統合することを望まれた、とレオ14世は思い起こした。

 聖ヨハネ・パウロ2世が「ロザリオの年」(2002年10月– 2003年10月)を宣言してから来年で四半世紀を迎えるが、時代は良くなってはいない、と教皇は今日の状況を見つめた。

 世界の様々な地域で続く戦争は、経済的・政治的分野はもとより、精神的・宗教的分野を含めた新たな取り組みを必要としている、と述べた教皇は、「平和は心の中から生まれるのです」、「ニュースが毎日突きつける死の映像を前に諦めてはなりません」と話された。

 「信じて祈るならば、求めるものは何でも得られる」(マタイ21,22)と教えられたイエスに従い、聖母の執り成しのもと、平和の神があふれるいつくしみを注いで、人々の心に触れ、兄弟殺しの恨みと憎しみをしずめ、政府の特別な責任を担う人々を照らしてくださるように、と教皇は祈られた。

 そして、「主イエスが啓示し、わたしたちに与えてくださった、神の愛の力だけが世界を救うことができるのです。主を信じ、主に希望を抱き、主に従いましょう」と呼びかけられた。

08 5月 2026, 18:57