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再軍備計画ではなく対話を、教皇レオ14世、平和のための祈り

教皇レオ14世と共に、平和のための祈りの集いがバチカンで開催された。

  教皇レオ14世は、4月11日(土)夕方、平和のための祈りの集いを主宰された。

 バチカンの聖ペトロ大聖堂の内外につめかけた信者たち、また世界各地からこの集いに一致した人々は、ロザリオの祈りを唱えながら、平和の賜物を神に祈り求めた。

 教皇レオ14世は、ロザリオの祈りの開始前、聖ペトロ広場の参加者らに感謝の言葉をおくられ、「わたしたちは、平和を築くこと、あらゆる宗教、あらゆる人種の人々と共に生きる新しい平和を築くことは可能であると、全世界に伝えたいと望んでいます」と話された。

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 祈りの集いでは、ロザリオの祈りの「栄えの神秘(玄義)」が唱えられた。

 大聖堂内の中央祭壇前には、この集いのために、ローマのモンテヴェルデの小教区からもたらされた「平和の元后マリア」像が置かれた。

 ロザリオの祈りは、平和について語る教会の教父たちの言葉を黙想に用いながら進められた。そして、5つの玄義の黙想ごとに、イタリア・アッシジの聖フランシスコ聖堂から運ばれた「平和の火」が、五大陸を代表する信者たちによって、聖母像前に置かれた5つのランプに一つずつ灯された。

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 教皇レオ14世は、ロザリオの祈りの終了後、言葉を述べられた。

 「戦争は分断し、希望は一致させる。横暴は踏みにじり、愛は高める。偶像崇拝は盲目にし、生ける神は照らし出す」。

 こう述べた教皇は、「少しの信仰、ほんのわずかな信仰さえあれば、人類として、人類と共に、この歴史の激動の時に共に立ち向かうことができる」と話された。

 教皇は祈る行為について、「責任から逃れて身を寄せる場所でも、多くの不正義が生む苦しみを避ける麻酔でもない。むしろ、それは、死に対する、最も無償で普遍的で力強い答え」であると述べた。

 「わたしたちは既に再び立ち上がろうとしている民である」と教皇は話しながら、「内なる師イエスは、わたしたち一人ひとりの心、すべての人の心の中で、平和を教え、出会いを促し、祈りをわきあがらせる。眼差しを上げよう。瓦礫の中から立ち上がろう。権利も慈悲もなく、いのちを十字架につけ、抹殺し続け、墓が足りないかに見えるこの世界にあっても、わたしたちをあらかじめ定められた運命に縛り付けることはできない」と語られた。

 レオ14世はこの席で、「二度と戦争を繰り返すな」(聖ヨハネ・パウロ2世、聖パウロ6世)、「平和からは、個人、家族、民族、全人類の誰もが恩恵を引き出すことができる」(聖ヨハネ23世)、「平和で失われるものは何もない。戦争はすべてを失わせかねない」(ピオ12世)という、先代の教皇たちの言葉を思い起こされた。

 「われわれを取り巻く、いっそう予測不可能かつ攻撃的な全能の妄想に対し、わたしたちはここに歯止めを持っている。人類という家族は深刻なほどに均衡を失なった。聖なる神、いのちの神の御名さえも、死の弁論に利用されている」と、教皇は現実を見つめられた。

 「祈る者は自らの限界を自覚し、人を殺したり、死を脅さない。それに対し、生ける神に背を向けた者は、死の奴隷となる。自分自身と自らの力を、口があっても話せず、目があっても見えず、耳があっても聞こえない偶像(参照 詩編115,4-8)に変え、あらゆる価値を犠牲にして、全世界にひざまずくことを求める」と教皇は述べ、「自己崇拝と金銭崇拝を止めよ。力の誇示を止めよ。戦争を止めよ。真の強さは、いのちへの奉仕において示される」と強調された。

 教皇は、紛争地域の子どもたちから届く多くの手紙の、無垢な目がとらえた真実を通して、一部の大人たちが誇らしげに語る行為の恐ろしさと非道さを感じさせられる、と語り、子どもたちの声に耳を傾けるようにと訴えられた。

 各国の指導者の不可避の責任を示しながら、「今は平和の時」と述べた教皇は、今一度立ち止まり、「再軍備の計画と殺人行為の決定のためでなく、対話と調停のためのテーブル」につくよう呼びかけられた。

 同時に教皇は、様々な国々のすべての人が担う、言葉だけでなく行動をもって戦争を拒絶する責任を指摘。

 日々築かれる平和の王国へと立ち返り、家庭や、学校、地域、社会・宗教のコミュニティにおいて、論争や諦めに対して友情と出会いの文化を通して打ち勝っていくよう勧められた。

 「愛と、節度、良い政治への信頼を取り戻し、それぞれの召命に答え、自ら学び、挑戦するように」と教皇は招きながら、「平和というモザイクの中に、一人ひとりの場所がある」と、すべての人の平和に対する努力を励まされた。

 

12 4月 2026, 09:51