写真資料:バチカンでとり行われた司祭の叙階式 写真資料:バチカンでとり行われた司祭の叙階式  (Vatican Media)

2026年度「世界召命祈願日」に向け、教皇メッセージ

カトリック教会の2026年度「世界召命祈願日」に先立ち、教皇レオ14世のメッセージが発表された。

 カトリック教会は、2026年度「世界召命祈願日」を4月26日に記念する。

 この日は、神が一人ひとりを招いておられる「召命」について考え、特に司祭、修道者への招きに一人でも多くの人が応えることができるように祈願する日。

 教皇レオ14世は同記念日に向けて、「神の賜物の内的な発見」をテーマにメッセージを発表された。

 この中で教皇は、「善き牧者の日」とも呼ばれる復活節第4主日に記念されるこの召命祈願日に、一人ひとりの心の奥深くで花開く、神からの無償の賜物の内的発見としての召命について共に考えるよう招いている。

 美しさへの道

 教皇は「善き羊飼い」イエスを見つめることで、イエスに従う人生の本当の美しさに気づくことができる、と言われる。

 さらに、イエスの弟子になることで、イエスの美しさによってわたしたちが変容され、わたしたちの人生そのものが「美しくなる」と述べている。

 教皇は、キリストのいのちに参与し、キリストの使命を分かち合い、キリストご自身の美しさで輝くことを、キリスト者の深い召命として示されている。

 聖アウグスティヌスが自身の魂の最も奥深い部分に神の存在を見出し、それをイエスとの絆を育てるための場所としたこと、神の美しさと善を体験するために、自分の内面を大切にすることの重要性を理解・実践していたことに、教皇は触れている。

 神との絆を祈りと沈黙の中で築くことで、召命という賜物を受け入れて生きる可能性が開かれる。召命は押し付けられたり、ただ従うだけの既成の筋書きではなく、愛と幸福の計画である。

 「内面性への配慮」、召命司牧と福音宣教においてここから常に再出発することが必要であり、わたしたちの環境が、生きた信仰、絶え間ない祈り、兄弟愛に満ちた寄り添いによって輝いてこそ、神の呼びかけは花開き、熟し、各自と世界にとって幸福と救いの道となる、と教皇は説いている。

 神を知り、自らの召命を知る

 あらゆる召命は、愛である神への認識と体験からのみ始まる。

 わたしたちを深くご存じであり、頭の毛までも数えておられる神(参照 マタイ10,30)は、わたしたちのために、各自に特有の聖性と奉仕の道を考えてくださった、と教皇は言われる。

 しかし、その一方で、神がわたしたちをご存じのように、わたしたちの方も神を知る必要があると教皇は指摘。

 祈りや、みことばに耳を傾けること、秘跡、教会生活、兄弟姉妹へたちへの献身を通して、わたしたちは神を知るよう招かれている、と記されている。

 召命に必要な信頼

 神を知ることから、召命を貫くために必要な信頼が生まれる。

 実際、人生とは、神に信頼し、寄り頼むことの連続である。それは、神のご計画がわたしたちの計画を覆す時も同様である。

 教皇は、ナザレのヨセフを、神のご計画に対する完全な信頼の象徴として示される。ヨセフは、まわりのすべてが闇のように否定的に見え、物事が思っていたことと反対の方向に進んでいるかに見えても、神に信頼し続けた。

 教皇は、「希望の聖年」が教えてくれたように、神の約束における揺るぎない固い信頼を育み、絶望に負けることなく、主の復活に確信を置きながら、恐れや不安を克服するよう励まされる。

 神は最も暗い最中にもわたしたちを見捨てられず、ご自身の光をもって、わたしたちのすべての闇を散らしてくださる。

 召命の成熟

 召命とは固定された目標ではなく、主との親密さによって育まれる、ダイナミックな成熟のプロセスである。

 召命において成長するとは、イエスと共にいて、心において、また人生の様々な局面において、聖霊の働きに委ね、受け取った賜物に照らしてすべてを読み取ることである、と教皇は強調。

 召命とは、ただちに得られるものでも、一度にすべて与えられるものでもない。それは、人生と同じように発展していく歩みであり、そこで受け取った賜物は、守るだけでなく、成長させ、実を結ばせるために、神との日々の絆によって養われなければならない、と述べている。

 教皇は、日々の祈りとみことばの黙想を通して、神との個人的な絆を深めるよう勧められる。

 立ち止まり、耳を傾け、信頼することで、召命の賜物は成熟し、皆さんを幸せにすると共に、教会と世界に豊かな実りをもたらすだろう、と教皇は記している。

25 3月 2026, 14:02