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「神の母聖マリア」祭日:教皇「剣を研ぐことでは世界は救われない」

2026年の元日、教皇レオ14世は、バチカンの聖ペトロ大聖堂で「神の母聖マリア」の祭日のミサをとり行われた。

 カトリック教会の典礼暦は、1年の最初の日を「神の母聖マリア」に捧げている。

 2026年元旦、教皇レオ14世は、バチカンの聖ペトロ大聖堂で「神の母聖マリア」の祭日のミサをとり行われた。

 ミサの説教の冒頭、教皇は、この祭日の典礼の第一朗読にある、非常に美しい祝福を改めて読み上げられた。

 「主があなたを祝福し、あなたを守られるように。主が御顔を向けてあなたを照らし、あなたに恵みを与えられるように。主が御顔をあなたに向けて、あなたに平安を賜るように。」(民数記6,24-26)

 マリアの神の母としての神秘を観想された教皇は、天使のお告げに「はい」と答えたマリアの返事が、あらゆるいつくしみと慈愛の源であるお方に、人間の顔、すなわちイエスの顔を与えた、と話された。そして、イエスの御顔は、その幼子、少年、そして大人の眼差しを介しながら、父なる神の愛をわたしたちに伝え、わたしたちを変容させてくれる、と語られた。

 年の初め、新しい唯一無二の日々へと歩み出すにあたり、主が常にわたしたちのまわりとわたしたち自身に、父としての抱擁の温かさと、祝福の眼差しの光を感じさせてくださるように祈ろう、と教皇は招かれた。

 そして、これによって、わたしたちが誰であり、どのような素晴らしい運命へと向かっているのかを、より深く理解し、常に心に留めていることができるように、と願われた。

 同時に、教皇は、わたしたちもまた、祈りと、生活の中の聖性を通して、また互いに主の愛を映し出す鏡となることで、主に栄光を帰すように、と勧められた。

 神の御顔の本質的な特徴の一つは、その愛の完全なる無償性である、と述べた教皇は、それゆえ、神はわたしたちに、「武装しない、武装を解かせる」姿、すなわち、裸で、無防備な、飼い葉桶の中の幼子の姿で現れる、と指摘。

 こうして神は、剣を研ぎ、裁き、抑圧し、兄弟たちを排除することでは世界は救われず、むしろ、利害や恐れを排して、すべての人を理解し、ゆるし、解放し、受け入れる努力によってこそ救われることをわたしたちに教えられる、と説かれた。

 この厳かな祭日にして、新年の始まり、希望の聖年の閉幕が近づく今、信仰をもって、比類なき「武装しない、武装を解かせる」平和と祝福の場所、プレゼピオに近づき、救いの歴史とわたしたちの人生の中で主が成し遂げられた奇跡を記憶に留めよう、と教皇は呼びかけられた。

01 1月 2026, 18:53