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教皇レオ14世による、大晦日の夕べの祈りとテ・デウム

2025年の大晦日、教皇レオ14世は、バチカンで夕べの祈りをとり行われ、その中で感謝の賛歌「テ・デウム」を捧げられた。

 2025年12月31日(水)、教皇レオ14世は「神の母聖マリア」の祭日の第一晩課(前晩の祈り)を、バチカンの聖ペトロ大聖堂でとり行われた。

 この夕べの祈りでは、過ぎた一年を神に感謝し、賛歌「テ・デウム」が捧げられた。

 祈りの集いで教皇は、「神の母聖マリア」の第一晩課の典礼は、記念する神秘の深淵さと、まさに太陽暦の終わりに位置することの両方から、特有の豊かさを備えるもの、と話された。

 「時が満ちると、神は、その御子を女から、しかも律法の下に生まれた者としてお遣わしになりました。それは、律法の支配下にある者を、贖い出して、わたしたちを神の子となさるためでした」(ガラテヤ4,4-5)。

 教皇は、キリストの神秘をめぐる、使徒パウロのこの「驚くべき要約」を引用しながら、そこに見られる人類の歴史をめぐる偉大な神のご計画を観想。

 そのご計画は神秘的でありながら、はっきりとした中心を持っている、その中心にあるのは、「満ちた時」である、と話された。

 今日、わたしたちは叡智と慈愛に満ちた、憐れみ深い計画を必要としている、と教皇は述べつつ、その計画が、「その憐れみは代々に限りなく、主を畏れる者に及びます」(ルカ1,50)と、マリアの賛歌の中で宣言されたように、自由で解放する力を持つ、平和で忠実な計画であることを願われた。

 だが、今日も昔と同じく、他の計画が世界を覆っていると教皇は指摘。それらは市場や領土、影響圏の征服を目的とした戦略、偽善的な言説や、イデオロギー的な宣言、偽りの宗教的動機に覆われた、武力的戦略である、と述べられた。

 しかし、被造物の中で最も小さく、最も高きお方である、神の御母は、神の視点で物事を捉え、「主がその腕で力を振い、思い上がる者を打ち散らし、権力ある者をその座から引き降ろし、謙虚な人々を高く上げ、飢えた人たちの手を良い物で満たし、富める者たちの手を空にする」(参照 ルカ1,51-53)のを見ている、と教皇は話された。

 神は小さき者たちの心をもって希望を抱くことを愛され、彼らを救いの計画に参与させる、と述べた教皇は、実際、世界は神には知られていても世には知られていない多くの素朴な人々人々の希望に支えられていると説いた。

 こうした人々の一人が、イエスからペトロと名付けられた漁師シモンであり、父なる神は彼に純粋で寛大な信仰を授けられ、それゆえ主はペトロの上に共同体を築くことができたほどであった(参照 マタイ16,18)と教皇は語られた。そして、特に聖年に見られたように、今日でも、世界中からの巡礼者がペトロの墓前で祈りを捧げ、神の御子イエス・キリストへの信仰を新たにする場所としている、と話された。

 教皇は、聖年とは、神のご計画に従って新しく生まれ変わり和解した、新しい世界の大いなる象徴であり、神の摂理はそのご計画において、ローマという都市に特別な役割を与えられた、と述べた。そして、それはローマの栄光や力のためではなく、ここでペトロとパウロ、そして多くの殉教者たちがキリストのために血を流したからであり、それゆえにローマは聖年の都市となった、と説明された。 

 「ローマに何を願うべきか」と問われた教皇は、ローマが、その小さき人々、すなわち、子どもたち、孤独で脆弱な高齢者、生活苦を抱える家庭、尊厳ある生活を望んで遠くからやって来た人々を受け入れるにふさわしい都市となることを望まれた。

 そして、キリスト教の希望に満ちたこの都市が、人類家族への神の愛のご計画に奉仕できるよう、教皇は「サルス・ポプリ・ロマーニ(ローマ人の救い)」、聖なる神の御母の取り次ぎを祈られた。

 教皇はこの晩課の終了後、聖ペトロ広場のプレゼピオを訪問、集った巡礼者らを祝福された。

31 12月 2025, 23:56